ラグビー元日本代表、U21日本代表及び慶應義塾大学元監督
(株)フジテレビジョン スポーツ局勤務 1952年10月21日東京都生まれ慶應義塾高校−慶應義塾大学−東京海上火災−トヨタ自動車−フジテレビジョン 小学校5年生からラグビーを始め、大学ではキャプテン。大学卒業後日本代表に選ばれトヨタに転職。1984年母校慶應大学の監督に就任し、1986年の日本選手権で勤務先のトヨタに勝って日本一に。1994年再び監督に復帰。ラグビールーツ校慶應大学創部100周年にあたる2000年の大学選手権で優勝。2002年からは日本ラグビーフットボール協会強化副委員長に就任。U21日本代表監督としてU20W杯に2回出場。 現在、慶應大学ラグビー部の戦力確保を担当。更に小学生を対象とした「慶應ラグビースクール」GM。日本協会ではトップコーチ資格指導担当。秩父宮ラグビー場FMラジオ放送のパーソナリティを務める。
1975年に大学を卒業してラグビー日本代表に選ばれました。初めての海外遠征はオーストラリアを横断して40日間11試合を消化するハードなものでした。当時は日本代表の遠征ながらオーストラリア代表とのテストマッチ前を除いては、各地でホームステイ。多くの経験をして遠征を終えました。日本代表は翌年カナダ、イギリス・イタリア、韓国でのアジア大会と3つの海外遠征が計画されていて、思い切って転職してラグビーの強豪トヨタ自動車の一員に加わりました。
スコットランドでは、テストマッチの競技場へは白バイ先導でホテルからノンストップで移動する歓待を受けました。白夜のカナダ。氷点下10度で試合をした韓国。
ラグビーのおかげで多くの国へ行くことができ、貴重な経験を積めました。指導者になってもラグビーが国技のニュージーランド、オーストラリア、南アなどへ遠征に行く機会があり、指導の勉強ができました。
スポーツに国境はありません。若い時の海外での経験が、その先の選手生活、そして指導者になっても必ずプラスになります。
多くのアスリートが海外でのプレー経験が持てるように、このプロジェクトを応援しています!! |