田淵 幸一 田淵幸一 プロフィール 1946年生まれ。東京都出身。法政一高から法政大学へ進学、昭和44年、卒業と同時に阪神タイガースへドラフト1位で入団、54年、西武ライオンズへ移籍57年・58年とVⅡを獲得し引退。右投げ右打ち平成元年まで、野球評論家として活躍。TBS等専属契約を結ぶ。元年10月、福岡ダイエーホークス球団監督就任。平成4年10月契約完了、12月〜TBS専属野球解説者として再契約、12月〜スポーツニッポン新聞社野球評論家、平成14年1月〜阪神タイガ-スチーフ打撃コーチとして契約、就任1年目4位 66勝70敗4分、15年セ・リーグ優勝 87勝51敗2分、15年12月阪神タイガ-ス退任、16年1月〜TBS専属野球解説者として再契約、19年 1月 野球日本代表コーチ就任。

メッセージ 「ホシノドリームズプロジェクト」は星野仙一が率いるいくつかのプロジェクトの構想の中でも、最も大きな指針となる夢のプロジェクトである。スポーツ界においても我々にとっても、野球はスポーツの先駆け!云わばスポーツ界を盛り上げた基盤的な存在であったはず。
確かアブナー・ダブリデーが1839年にニューヨーク州のクーバーズタウンで野球のダイヤモンドをつくり現在のルールが確立したと云われているが、一説にはベースボールという名称は18世紀に英国で使われていたとも云われるほど野球はスポーツという姿で人々の役割というルールを作り、形化するという成長と共に発展したことは間違いないはずだと思う。しかし野球というスポーツがその成長と共にビジネス産業に出遅れた結果、社会貢献につながるスポーツへとは発展していない。勿論日本においても野球界に限らず、バレーボールもバスケットボールもそしてテニスやスキー界にもスポーツをこよなく愛しスポーツで生きたいと願う人々は実際には水面下でももっと沢山いるはずである。しかしそのほとんどが前途多難、夢に向かって本当に夢に自分を賭けることが出来ないで居る者たちが実情沢山いるはずである。それはなぜかといえば、間口がせまい、経験豊かな人材の育成機関がないなど問題は挙げたらきりがない。プロとして進みたくても諦めざるを得ない環境だと云っても嘘ではない。諦めるな!前に進もう!などと提唱しても、それは単なる提唱に過ぎず、その環境やチャンスを与える事が出来ないのが現実である。
そんな中、星野はドリームズプロジェクトを渾身の思いで立ち上げた。チャンスや環境を提供する場を自分で作ったのである。このプロジェクトは若者にまた一歩門を開くチャンスを与えるだろう。私は大いなる期待の中で貴重なプロジェクトに共に参加出来るよう応援したいと願っています。